

1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。
2007-10-20 号
高橋 源一郎(作家)
今年の文藝賞という新人賞をとった磯崎さんは、四十代で、会社員で、奥さんと子どもが二人という、ばりばりの社会人だ。いうなれば、「若くない新人」である。
ふつう、新人賞に応募しようと思うのは、若い人だ。いちばん多いのは二十代、それから、高校生や大学生を含む十代。そのあたりで過半数を超えるだろう。
「作家」は、有力な就職先でもあるのだ(実は、あまりいい職業ではないのだけれど)。
というか、みんな、そう考えて、応募するのだろう。
同時に、出版社の方も、「若くて未知の新人」を求める。「スター」を求める。「華々しいデビュー作のヒット」を夢見る。それは、要するに、アイドルを求めるのと同じ心理だ。
応募する側と、それを受け入れる側に、かなりの意識の開きがあるのではないか。ぼくは、最近そう思うようになってきた。
応募する側は、自分の能力を少しずつ伸ばして、立派な作家になり、いい小説をこれからずっと書いてゆきたい。そういう職業として作家を選択する。
しかし、出版社が求めているのは「即戦力」なのだ。あっと言わせる作品を書いて売れてくれることを求めているのだ。そして、二つか三つ、書かせてみて、駄目なら、その次の新人を期待する。
残酷だが、これが、「雇う側の論理」ということになるだろう。
「新人」たちが押しつぶされてゆくのは、「就職」したというのに、「会社」の態度が冷たいからだ。成績を上げなければ、捨てられてしまう、という恐れを抱くようになるからだ。
だからこそ、ぼくはデビューは遅くていいのではないかと思う。一度、社会に出て、「雇う側の論理」を知ってから、「社会」や「生活」の仕組みや裏側を味わってから、「再就職」する。これが、作家になろうとする者にとってベストの選択ではないかと思うのである。
二十歳そこそこで、作家になる。そして、二つか三つ、作品を書き、突然、自分には書くべきものがなくなりつつあることに、あるいは、蓄積がほとんどないことに気づく。では、いったん、作家を辞め、社会生活を営んでから、再度チャレンジしてみるべきなのか? それは、現実的なやり方ではないことは、わかってもらえるだろう。
磯崎さんの作品『肝心の子供』は仏陀とその子どもをテーマにした、新人賞の受賞作とは思えぬほど、落ち着きに満ちた小説だ。
その「落ち着き」の理由は、磯崎さんがおくった「社会生活」、それから、彼の人生そのものにあるのかもしれない。
「雇う側の論理」に負けないためには、その「落ち着き」がなにより必要なのである。